ゴムボート

水木しげる

有吉の壁(ゆうきちのぺき)

ノブコブ吉村が有吉弘行を殺めた。生まれつきの白皙端麗な吉村の顔が、青ざめグラデーションを余計だといわんばかりにすっ飛ばし一瞬で透けた。透明なので世上には分からないが20歳ほど老けもした。生しらすのように透き通ったノブコブ吉村がエレカシ宮本が喋り出しにやる頭混ぜ(ずまぜ)を止めない。さながらエレファントノブシコブシ。それも透明なのでわからないが、もみあげあたりにメガネ拭きでもかざしておけばふわりとはためく勢いだ。この寂れたテーマパークに以前から刻まれていた地割れが、吉村のわななきによってさらに深く、細かく走り続けているかにみえる。

下手人としては好都合ということだろうか、透明ノブシコブシは着衣をすべて脱ぎ捨ていまやただの立体配置されたホクロの群れ。自らの凶行による悪寒を11月の外気のせいにでもする算段だろう。

 
背も低く、塗装の剥離が目立つアトラクションばかりが散らばる広い園内で、遮られることなく気まま吹く風にまぎれて響いた女の金切り声に、撮影クルーは今しがたくぐり抜けたはずのジェットコースターの頂上部へカメラを向ける。車両が走ってないことを認めるや、あれより上に音源はない、と巧みな逆算をし、であればと、そのレールから真っ直ぐにおりた剛健な脚に沿って素早くチルト。間違いない。

柵に掴まり青漆な人工池を覗き込む佐藤栞里がそこに居た。
急いで撮影クルーは対流をとうに忘れた陰険な人工池の傍に寄り、佐藤栞里が見据える先の、かつては活動していたのだろう者、だがいまや空のペットボトルでも出来るつまらない単機能だけを携えた、モノ、をとらえた。そう水死体だ。身元はわかっているので水遺体だ。
控え続ける底にはさらに濃い緑が佇んでいるのだろうか。かき混ぜられもせず粘度だけしたためた人工池の未知の藻が佐藤栞里の視線に巻き付いて離さない。彼女の生来からの斜視がぐっと引っ張られ、こころなしか治ってみえる。

はじめ、栞里は人工池に浮くソレを噴水のコンプレッサーか何かなのかなと思いたかったのだが、それがかなわなかったのは、ついさっき、一本吸ってくるわ。とだけいい残し売店脇の簡素な喫煙所に居たはずの有吉弘行、それそのものがぷかり仰向けこれでもかと浮いていたせいだ。生前から死んだ目をしていた人間は、いざ死すとなるとその目に生気を宿すのであろうか、と栞里は知ったつもりになったのだが、わきまえを知らぬ晴天が有吉の目で跳ね返っただけだと気づく。

栞里も栞里なりに努力はした。コンプレッサー以外にも、ソレをゴミ袋やボディーボードなどに空目するよう努めたりもした、その設定に無理があるかなと思うと、稀なことにあれは有吉さんに酷似したコンプレッサーなのだ、このテーマパークなりの拙いケレン味であんな機構を取り入れたのだ。と切に自分を諭したのだが、そんなインスタントな自己暗示、炊飯器の内蓋ぐらいワンタッチに取り外れる。

抑えこめる間もなく無意識の内に大きな悲鳴をあげていた。そりゃカメラマンさんも真っ先にジェットコースターの方にカメラ向けてしまったわけだ。
その悲鳴に被さるようにぶつかってきた重たい寒風が、栞里のガウチョを打ち、そこらじゅうバタバタバタと喧しい。栞里はこのままさらってくれと身をすくめ丸くなった。

スタッフらが不自然に蟠るの件の現場に、全て把握出来ているわけではないが、喫緊であることは察知し、右手で作った手刀を先導に平身低頭スタッフらの群れにするりと入ったのは手練、ずん飯尾さんだ。

どうされました。

一人として返事をよこさないってことは、彼等が見つめるこの先に欲している返事はあるのだ。

さんまの向上委員会でもメリハリのある華麗にな立ち回りで絶対にすべらない天才、ずんの飯尾さんが、両脇でそうするスタッフらに倣い、ペッコリ45度、人工池を見下ろす。ことの次第に合点がいくと、こりゃいけない、とえずきながらそのまま嘔吐した。堪えようと口元に運んだ両手から、手首まで伝い漏れたゲロが飯尾さんの白い袖にすがると、じわりと瑪瑙のような染みを作った。

有吉が浮かぶ池ではなく、色とりどりのパンジー、赤いサルビアが咲く傍らの花壇に一滴もこぼさずゲロを注いだその機転に感服しながらも、遠目に有吉を見下ろしていた今回唯一の俳優枠、斎藤工。彼は群れを掻き分けなくても184センチはあるその長身を活かし最後尾から人工池を覗き込むことが出来た。斎藤工は有吉の土左衛門を目の当たりにした瞬間、少しホッとしてしまった自分に気づいた。

ガキの使いやあらへんで年末SPに出演した時のこと。番組制作陣、ダウンタウン、そしてダウンタウンの取り巻き達による過保護とでもいうのだろうか、妙な計らいによって、すべらないよう先回りに笑ってもらっていたことに密かに心を痛めていた斎藤工であったのだが、それが斎藤本人のオリジナリティで発信されたものでなく、サンシャイン池崎をそのままなぞったモノマネであったとしても、笑ってもらえるその瞬間は気持ちのいいものだった。

俳優の前提を持った人物が恥じらわず振り切り、異ジャンルに挑んでいる、そのハリキリを無碍にしてしまってはこの場が酷いことになる、といち早く感づいた心根の優しい芸人達によるある種の団体芸、かりそめの笑いであったとしても、そこに気遣い成分が含まれていたかどうかなど、ステレオで返ってきた大音量の笑いからは精査できない。それをいいことにして今回もあの時の得も言われぬ耳心地を思い出いだしたく、オファーを二つ返事で快諾してしまっていた。たいして考えもせず今回もサンシャイン斎藤でいくつもりであったのだが、あばれる君と一緒にセブンティーンアイス自販機の裏で有吉一行を待っていた時、一抹、どころか束になった不安がよぎった。

すべるのでは?

いや仮に、あばれる君の手厚い援護もあって合格判定をもらったとしよう、しかしそれはガキの使いのあのときの様な気遣いの笑いではないのか?果たしてそれは「ウケ」に換算していいものなのか?「そう」なってしまうのであれば、もう、

すべったほうがましだ。

いや、まて、違う「すべれた」ならそりゃまだ合格の範疇だ。それならまずまずの出来と自賛してもいいだろう。一番悲惨なのは「すべることさえ出来なかった」時だ。ああまずい。それは本当に最悪だ。自己分析したところおれの現在のユニークレベルは、ゴッドタンの合間に流れる、ザ・リーヴというよくわからない不動産屋のCMに出てくるプロレスラー程度しか持ちあわせてない。ってことはまだ、つば九郎とかヒロミとかのほうが面白い。このままでは「すべることさえ出来なかった」という最凶の結末を迎えること必至だった。だったのだ。そんなところへ幸か不幸か有吉の死。

不覚にも胸を撫で下ろす自分がいることに斉藤は気づいてしまう。
ふと芽吹いた陋劣なる感情を塗りつぶすべく、斉藤は懺悔の意味を込めた内省に身をやつし、このまま燃え尽きようとしている。

 
何かとんでもないことが起きてるよ!!!

斎藤の心情を知ってか知らずか、あたりがふつふつと騒がしくなってた。トレンディーエンジェルのたかしが各所に点在していた芸人たちにふれまわり、人工池のまわりは既に芸人とスタッフ、意識のない斎藤工で編み上げられたスクラムが出来上がっている。

なにがおきてんすか!パンサー尾形が遅れて駆け込んできたその勢いのままスクラムにぶつかったおかげで、斉藤は内省の迷宮から現実に揺り戻された。斎藤工

最前列をいつの間にか占め、欄干から身をさらすパンサー尾形のその広い背に向かい斎藤は「有吉さんが、」と、呟きとして終わってしまうようなあえかな声量で、有吉の現状についての説明を、誰ともなく周囲に放ちはじめようとしている。「死ん、」

わああああああああ!

斎藤が二の句を継ごうとする前にパンサー尾形は有吉のその顛末に咆哮を浴びせた。


有吉の壁(ゆうきちのぺき)始まって以来の未曾有の事態にそれぞれの芸人が有吉の安否、ノブコブ吉村の行方、などよりも自分たちの渾身の仕込みネタがお蔵入りとなってしまう最悪の結末にかかずらう。
勿論、表面上はそれをおくびにも出さず、銘々がナチュラルな逡巡の表情を見せたり、ガクガク狼狽えてみせたり、がっくり疲弊の色をみせたりと、さすが売れるだけある芸達者な一同だ。ペナルティのワッキーの白々しさといったら目障りこの上なかったが、心配ってこんなにも種類があるのか、とストイックで勤勉な斎藤工は目ざとい。

なかでもノンスタイル井上は格別だった。仰向けに浮いた有吉を目にした彼は地にへたり込んだかと思えば、そのままピッチに仰向けに寝そべる中田ヒデよろしく、地に背につけ、腕を庇に組み、憔悴のテイを展開、その見かけ上は絶望的な有吉の状態を目の当たりにしたショックをこれでもかと表明している様に見て取れるが、腹の中では、収録序盤で相方石田とやったあのうすぎたなくて、100円を投入したらチープなメロディーを出しつつジリジリとしか動かないパンダの乗り物を使った轢き逃げのセルフパロディーネタ、スタッフら巻き込んでの爆笑を掴んだあのネタが放送されないことを悟っての虚脱であった。


 今回の有吉の壁でのラインナップは上記に登場した、佐藤栞里ノブコブ吉村、ずんの飯尾さん、あばれる君、斉藤工トレンディエンジェルのたかし、ペナルティのワッキーノンスタイルの二人、とあと1人の人物のみでの収録であった、そのあと1人のギャラがむやみに高すぎたせいで、このようないびつなメンツでしか都合がつかなかったのだ。
そのあと1人である、木梨憲武といえば、喧騒とは程遠いエリアにある観覧車のその搭乗口で、一台一台ゆっくり下ってくるゴンドラの扉に「ペレ」のサインを書いていた。
きたなシュランで、店内の壁に描いてたとき、店主も苦々しい顔してたし、実際全く面白くなかったのに、ここではじめて効果的に割と面白く「ペレ」を使っていた。死者が出てなかったらたぶん放送されていたことだろう。

透明になったノブシコブシ吉村は透明なったその足で飛行機にタダ乗りし、綾部に会いにいったり、ベタなパワースポット、セドナとかにいったりしてた。

 

 

 

さようなら