ゴムボート

ドデカミン

アントニーが一瞬出てくる物語

ティーカップの文芸ヌーの掲示板に去年載せたアメトークを題材にした文章を転載します。終盤にむちゃくちゃ飽きて急ぎ足で終わらせたのを思い出した。

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宮迫さんがよくやる ひな壇の芸人がちょいすべりしたときに持ってる指し棒で目線を隠すやつ

 

             *   *   *

 

 

「ほんなら逆になんに興味あんねん!!!」収録中のスタジオ内に宮迫の怒号が響いた。

それはツッコミにしては声音を違えた咆哮であり、説教にしてはあまりに短かく、もっともバラエティーの場に粗ぐわぬものだった。それは宮迫自身が言下に一番痛感した。

その痛感によってさらに継ぎ足してしまいそうだった憤懣を押し留めた。そこだけは番組MCの役回りに立ち返ったのだが、それも最早手遅れなのは、観覧席の女達がなびかせる張り詰めた静寂を聞けば察するにあまりあるものだった。

それはアメトー-ク「外出るとき、靴履きます芸人」の収録での出来事。
水を打ったように静まり返ったスタジオ内で、蛍原の返答を待つひな壇の出演陣。
やってもうた。と思慮を欠いた自身への怒りと悔みを滲ませた目で、真横に座る蛍原を見つめる宮迫。
この回も、前回、前々回同様に、神回と謳われることはないにせよ、危なげなく終えられる上等な回だと期待していたスタッフ一同は不測の事態に自らの、表立たせていなかったにせよ、奥に潜めていたその慢心を呪い、青ざめていた。
普段から眇めている目をさらに細め、瞬きの必要性もないテグスのような目をしたまま、蛍原は俯き、自若と押し黙ったままだった。

この時の出来事を、のちにすべらない話で披露するケンドーコバヤシ

「ここはおれが行かなヤバイなっていう使命感みたいなのがあって、」とエピソードの中盤あたりに語ることになるのだが、内実は「使命」と義勇めいた美しいものではなく、背中で感じたひな壇からの視線、横に座っていたサバンナ高橋チュートリアル徳井ではない方両名による不可視も甚だしい圧力に駆られてのことであり、且つケンドーコバヤシ自身によるある種の繊細さ、逃れることができない生来の自意識が祟ってのことだった。
さしずめ、やむを得ず堰を切らされたといったところであろう。

「まあまあ、宮迫さん、僕も、まあ、思ってましたよ」
動揺が多少の吃りとして表れたが、軌道修正に取り掛かったケンドーコバヤシのビターな声を耳にしたプロデューサー、スタッフ一同は、今回も手堅い面子で組んでおいてよかったと、一握ではあるがそのささやかな安堵をそれぞれの胸におとした。

この収録自体のお蔵入りを恐れていた宮迫もスタッフ一同と時を同じく束の間の安堵をし、ケンドーコバヤシが敷き直してくれたレールを踏み外すまいと埋め合わせに取り掛かかる。
「せやろコバ?どの回でもやで、先週の『コンビニで売ってるめちゃくちゃ分厚い漫画、机の下とかベッドの下とかにかませて高さ調節してます芸人』でもそうや、その前の回の『楽しみにしすぎちゃったあまりに3時間はやく着いちゃってた芸人』でも、初っ端から興味持ってないし、知ろうともせえへんかってん。今回もそんな感じやんけ」
「確かに、蛍原さんが興味あるもんって我々、正直あんま知らないですもんね。ちょっと前やった旧車芸人の回でも、興味あるんかなと見せといて、結局車買わなかったですもんね」
先輩ケンドーコバヤシに堰を切らせてしまった負い目からだろう。後ろに座っていたハライチ澤部も吉本色が強い現場の黒一点でありながら果敢にもこの流れに加勢した。
「いや、でも蛍原さん、だいぶ前の競馬芸人の回の時、めちゃくちゃ楽しそうにしてませんでした?僕テレビ見てて、あ、蛍原さんも趣味とか興味とか持ってんだなあって」


ケンコバ、澤部、この流れを挽回のトスと踏んだ宮迫はお得意のキメ顔で言い放った。
「澤部、あの回楽しそうにしてたやろ?でもな、あれ。あれが最初で最後やってん」
「え!嘘でしょ!!!最初で最後!?」
澤部のこの過剰なまでのコミカルリアクションは、観覧席に座っていた女達幾人かの凍っていた表情をほどけさせた。その氷解のさざめきを聞きとったサバンナ高橋はこれを皮切りにと、隣で膝に肘を置き、両手を祈りの形に組んで俯いたままのチュートリアル徳井ではない方を尻目に、追随を試みた。
「いやいやいや、宮迫さん、最初で最後ってことないでしょ~。僕、北海道が好きとかも聞いたことありますよ。ね~蛍原さん」
それでも未だ応じる様子を見せない蛍原にケンドーコバヤシがすぐさま投げかけた。

「蛍原さん、先輩ですけど言わせてもらいますね。毎回始まるときに『今日はなんのくくりですか!』って僕ら芸人に元気よく尋ねてくる割に、そもそもアンタはなんのくくりやねん!って僕ら、蛍原さんに対して常々思ってましたからね!」
観覧席の女達の笑い声が澤部のコミカルリアクションの時より僅かではあるがはっきりと聞こえた。
宮迫はここしかない、とばりに
「そや、コバの言う通りや、おまえは結局なんのくくりやねん!そこやねんおれが知りたいんは!」
キマったはずだった。ここで必ず蛍原は応じてくるものだと。

蛍原は、黙ったままだった。


バラエティーの現場はともかく日常生活においてもあってはならない、間、があたりに立ち込め、さっき思いがけず作ってしまった深刻な状況へ舞い戻ってしまったと宮迫は一気に憔悴した。

のちに、この状況をすべらない話で披露するケンドーコバヤシは「宮迫さんの心が完全に折れる音が、ハッキリとですよ、ホンマにハッキリと聞こえましてね、」と描写することになる。

共感能力が抜群に高い優れた芸人であっただけに、宮迫につられて同じく心を折っていたケンドーコバヤシだが、ひな壇勢の中でも一番の先輩としての意地と責任に気圧され、それでも尚ダメ押しに、蛍原さん、と呼びかけようとした。その後に続く言葉は考えていなかった。

その時だった。
すげないままだった蛍原は決心をあらわに勢い良く立ち上がった。

固唾を呑みながら、演者達が一方的に蛍原へ話しかける様子を見守っていたプロデューサーは、とある危惧のため、制作側でありながらこの収録が潰れることを一人願っていた。
その密かで暗鬱な願いは叶わず、ついに恐れていた危惧が白日のもと、蛍原の口から開陳された。


「幽閉されてんねん」

「なにゆうてん」
蛍原の予想だにしていなかった第一声に、宮迫はツッコミではなく、疑問をつぶやいていた。
「急にしゃべった思たら、なんやねん『幽閉されてる』て!」
出演陣は宮迫のツッコミに示し合わせていたかの様に一気に笑い、その笑い声は観覧席の女達にも波及させる気概に満ちたもので、女達も収録成立を支えようとする協力の笑いを各自が適宜に出しはじめた。
そのぎこちなさに、蛍原は蛍原なりに胸を痛めながらも続けた。
チュートリアル徳井ではない方も ここが甲斐性あるところの見せ時だと協力的に笑っていた。)

「ほんまの幽閉や、閉じ込められてんねん。このテレ朝の地下88階におれの部屋あってな、部屋っていうか牢屋や、おれ、そこから、アメトーク始まって以来出たことないねん」


「急に何やねん、ウケてへんし!なんちゅうボケや!」

宮迫が蛍原の頭をキレ良くはたいて、やっとスタジオ内に、自然で活気ある笑いが戻った、にも関わらず、これを聞いたプロデューサーはスタッフらに、観覧席の女達を帰すように指示を出し、スタジオ出口の前にまたたく間に長蛇の列が出来上がっていた。
サバンナ高橋、ハライチ澤部、黒人のアントニーは立ち上がり、只ならぬ状況を前に「え、まじすか、どうしたんすか」と狼狽えることしか出来ぬ木偶の坊と化していた。

矢継ぎ早にプロデューサーはインカムからなにかしらの指示を出した。するとセット裏手からジャスティン・ビーバーを取り巻くガードマンほど豪然たるスーツ姿の巨漢2人が現れ、演者たちのいる一段高いセット内に不躾に立ち入り、蛍原との間に割って入り込もうとした宮迫、ケンドーコバヤシ、をコーナーで使うはずだったパネルの方へいとも簡単に払い飛ばした。
他愛がないだけに手際よく蛍原を羽交い締めにし、おとなしくなったところにアイマスクをかぶせ、蛍原は流れるようにして肩に担がれた。

巨漢の肩越しから房のように垂れた蛍原のマッシュルームヘアーは、カメラ数台を掻い潜り出口へ連れ吸い込まれ往く。照明に照り返す楕円のキューティクルは乱れては、元に戻り、乱れては、戻っていた。
その相方の様子を宮迫は、割れたパネルの上で横たわったまま為す術なく見送るしかできなかった。

チュートリアル徳井ではない方は、今回の収録の企画意図を汲んで履いてきた靴の、その浮かれた発色に憂患し、人知れず静かにデッキシューズ脱ぎながら、攫われる蛍原の薄暗くなっていくキューティクルを眺めていた。

 

               *   *   *

蛍原さんは、そのジャンルについて疎い視聴者と同じ目線を保持し続けねばならない「無垢」を強いられた存在なので、実際に幽閉されてるのです。蛍原さんに得意分野が出来てしまうと、〇〇芸人たちに素朴な質問を投げかけれる存在が居なくなります。

 

さようなら