ゴムボート

水木しげる

犬マグネット

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サンタクロースから犬のマグネットだけをもらった年があった。冷蔵庫に貼り付けれるものでクリップにもなっておりメモなどを挟められる。私はこの駄具によってだれの人生よりも早い段階で世の理を学んだ。

犬マグネットは挟むときの動作で間のボタンが押され、テトリスぐらい低音質の割れた犬の鳴き声が聴ける仕組みで、犬の割れ声を聴きたいなと思ってBOWWOWと表記された吹き出し部分をついつい押すと、挟んでいたメモがはらはら落ちる教訓的デザインになっていた。

サンタクロースからのプレゼントだったとはいえ、マグネットというのは概ね冷蔵庫を拠り所とする傾向があるため、犬マグネットは常時台所の冷蔵庫に貼りついており、メモも母が挟んだものなので、私の犬マグネットへの所有意識は皆無だった。つまりこの年のクリスマス、私はサンタクロースから何ももらえなかったといってもよい。

私は犬マグネットの割れ声を聴き入れたくなる度、台所へ向かい、挟まれていたメモを下にパチンとひっぱり外し、吹き出しを押し込んだ。意外と冗長な鳴き声を聴き終えると、外していたメモをまた挟む(このときも犬は鳴く)という操作をしていた。この一連の煩わしさ、そうまでして得た顛末の侘しさに納得がいかず、私は、どうにかメモが挟まれたまま且、鳴かせてやることは出来んもんかね、と願うようになっていた。

答えは凄傍(すごそば)にあった。犬マグネット付近に貼り付く年季の入ったただの黄色いマグネットである。この黄色いマグネットはクリップが付いていないのにもかかわらず、メモ用紙を挟めていた。私はこれだと思った。

マグネットというのは概ね冷蔵庫の扉に貼り付こうとする傾向がある、その傾向を利用して黄色いマグネットはメモを挟めていたのである。

私は犬マグネットのクリップとしての性能だけに気を取られ、大前提である、なぜ冷蔵庫に貼り付いていられているのか?を見落としていた。犬マグネットのマルチな性能が私の思考を鈍らせていたのだ。こいつの自身のマグネットを利用すればいいんだ!と閃いた私は早速の敢行に出た。

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こういうことだ

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今更言うが犬マグネットはでかかった。大人の女性の手のひらサイズぐらいあり、比べて裏面に埋め込まれていたマグネットが小さく、それもわりかし上部にあったため、メモ用紙を挟んだら犬自身がメモの8割強を隠してしまうことを知ることになったが、そんな不具合、低解像度の割れ声を手間なく聴けるようになったら気にもならない。母ではないのでメモるべき事項などないし。

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当然っちゅうかね。学校から帰ってきてすぐさまに連打してたんで、暫くすりゃ犬、割れましたわ。「BOWWOWBOWWOWBOWWOWBOWWOW!」のワンフレーズを言い切らせる前に「BOBOBOBOBOBOBOWWOW!BOBOBOWbBOWBBBBBBBBBBOWWOW!BOWWOW!BBBBBBBBBBBBBBOWWOW!BOWWOW!B」ってスクラッチの如くいつも連打してたから。

割れてからというもの、奥のボタンがむき出しになってスクラッチがすこぶるやりやすなってね。こん時おれは思ったわ、「やっとこれでおれの所有物になったんやね、今なら言える、サンタさんあんがとな。」って。メリークリスマス。

 

さようなら