ゴムボート

ドデカミン

デフラグされずにある残留思念の滓

 

何きっかけなのか、もしかしたらきっかけそのものもあったかどうか自覚もないままに、急にどうでもいい記憶が蘇ってくることありますよね。自分の場合は、小学生の時分に世界まる見えで最後にいつもあった九死に一生のコーナーで見たVTRです。

 

どういった不手際か、警笛を鳴らしながら迫ってきている列車を目前に、線路の上で気を失い倒れてしまった男の話で、今思い返せば多分信仰心から生まれた嘘の話なんでしょうが、その男は気絶中にめちゃくちゃ光る棒を見たらしく「コレ神の棒やん」とビビッときて「よっしゃ握ったろ」とそれをムンズと握り、我に返った時には、身を左右のレールのあいだに沿わしていて、その上を列車が通過してたので助かりましたラッキー。みたいな後日談VTRをなぜかたまに思い出しちゃって、こんなどうでもいい記憶がアボカドサイズしかない脳の容量をぬけぬけと占有すんなって思うんですよね。

 

もう一つも小学生の時で、夏休みの宿題の静物画を居間のテーブルに花瓶を置いて描いていたら母が「なんしよん」と尋ねてきたので「静物画」と答えると、「ほんなら花瓶書かずに、生き物描かんかね」「いや、静かな物と書いて静物の静物画やし」となり、

、、、と、ここまで打ってて思ったんですけど、これ下痢クソしょうもないコピペのパクリみたいな出来事ですね。でも本当に実際にあったことで、実際もっと不可解なことが起こるんです。

僕が「静物画」と答えると、さっきまで平常だった母親が急に「それ花瓶やないのオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」ってバグったみたいに怒鳴ったんです。キレるにしてももう少しトーンを落として言えばいいことだし、勘違いしながらも「いやいや花瓶やん」笑ってもいい場面でした。今打ちながらメラメラムカついてきたな。でもこれ、感情と結びついた記憶でしたので忘れることができない根拠有りましたね。光る棒に関しては本当になんの感慨もないのに忘れることができてないんですよね。

 

 

 

さようなら。