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ゴムボート

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野球

イチローが着てくれそうなぴったしつまらないTシャツ。

イチロー着てくれ。

 

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描いててこんな苦痛な絵はない

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「天才なのに・・・」って前フリがあるから、ユーモア水準がだいぶキツイTシャツ着ててもイチローなら許されるところある。

イチローならハロウィンにマリオとかウォーリー、のび太くんの仮装しても許されるのだろう。

CMに出るイチローは他のスポーツ選手とかと違ってちゃんとエモーショナルに演じてくれるので好感が持てる。

 

今日は僕が一番好きな人間である町田康氏の講演会に行って珍妙な峠にサインをしてもらい握手もしてもらったので人生を全クリしました。こうして消化試合が広がっとる

 

さようなら

 

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去年の花見

もうそろそろ開花するんで去年の桜のベストショット3つを載せます。

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AmazonのCMで使ってくれ

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猫を撮ってんを見られるのが一番恥ずかしい

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しだれたシュロとのミスマッチが不気味で良い。桜に青いハンガーが引っかかってた。

 

 

 

 

 そして、花見を免罪符にした飛び出しおばさん

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あぶないよ

 

 

さようなら

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4コママンガ 「いらん」

 

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さようなら

 

 

もうすでにブログではない

捨てられすぎて自我を得たアイロン台のマンガ

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さようなら

アベマTVの不味そうな水

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アベマTVの不味そうな水です

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回転寿司で自分はネタに直に醤油をさしたいんですが、これがなぜかすげーマナー違反してるふうに思えて、らしくもなく醤油皿に醤油注いでそこに浸すみたいな手間を嫌々やってます。

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はらり。傾けた際のネタの翻りたるや。食べ辛いし意味ないね。醤油皿洗う手間も増やすし、醤油を完全に使い切ることも出来ないし、シャリにどうしても醤油を浸けたいという人なら皿は必要でしょうが、おそらく皆ネタのほうに醤油を浸けたいと思ってる。

 

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5~6年回転寿司に行ってないんで実情はわかりかねますが、醤油の入った霧吹きがあたぼうに卓においてある世界になってください

さようなら

価値は存在してないかもしれない

気づけば5年以上Tumblrをだらだら見てしまってるんですが

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↑上記の服がだいぶ前からよく散見されるんですけど、これむちゃくちゃ凄いことやとしみじみ思う。

カットソーとか長袖のスエットの肩から裾にかけてのラインに、梵字とかゴシック調の、こちとら判読不能文字が羅列してあるやつ。

そういったデザインのやつはだいぶ前からあったのですが

そーゆー服ってたいていダサさの権化として、ダサさの金字塔、ダサさのベストセラー、ダサさ定食として存在してるもんだと思ってたのが、昨今なんかヨイ感じとされて来ていてこれは感動もの、と受け取ってます。

つまり「ダサい」なんて価値観がこの服にそもそも織り込まれて無くて、ダサいな~と思ってた人がおったってだけであって、たまたま「ダサいとされてるこの服、もしかしてヨイんでは?」って言い出した勇敢な者があらわれてね。

結局ねーこの世には価値ってもんが存在して無くて、それをえーかわるいかを決める自分がおるだけみたいな。成否はなくて誤読しかないと。これニヒリズムっぽいな。

それに驕慢に「つまり」と要約に取り掛かった割にまとまってない。

 

アメトークで「オシャレわかんない芸人」みたいな印象的な回があって、その代表格としてひな壇に有吉さんとか若林さんが(自分は芸人に「さん」を付けるタイプの人間)いて、司会側の席にたしかオリラジのあっちゃんじゃない方とモデルみたいな人がいて、序盤はその二人にレクチャーされる形で、あれこれと「ださいな~」「そうじゃない」と言われ続けるような流れがあったんですが、次第におしゃれわかんない芸人側が「そもそもオシャレをするってオシャレじゃないよね」と、「オシャレ」の定義を思想的なところに押し広げて、即物的な捉え方からしか「オシャレ」を語れてなかった二人は、その意見に圧倒されて完全に上下関係が逆転してしまう痛快な流れがもんの凄く良かったんです。

まあでもさいしょっから、オシャレ分かんない側は、番組上の展開を見越して、折れてあげていて、次第に巻き返していっただけのことなんですが。

肩から裾にかけて理解できない文字の入った服が流行ってるのはたぶん「オシャレなんてダサイことしてたまるか」の表明やと思います。筆箱代わりに輪ゴムで筆記用具を束ねてる奴みたいな。

いややっぱそこまで考えて着てないね。

でも、肩から裾にかけて理解できない文字の入った服も流行りすぎて飽和したら、モードに回収されてまた同じイタチごっこの繰り返しとなるんですが、この無限ループ面白い。

この調子で、ダサさの宿命、レッテルを背負わされた服が無くなったらいいな。

 

 

さようなら